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歴史と最先端の文化が交差する街 HARAJUKU

原宿はおしゃれなファッションビルや流行の最先端のショップが立ち並び、国内外のトレンドが楽しめるエリアとして知られています。文化面で
の賑わいを見せる一方で、都会の真ん中であるにも関わらず、明治神宮の緑深い森林を味わえる場所でもあります。 原宿を解説するには、明治神宮の存在抜きには語れません。明治神宮が創建された史実とともに、最先端のカルチャーやファッションを発信し続ける原宿の魅力についてご紹介します。

明治神宮の創建と宿駅としての「原宿」

大都会に突如現れる鎮守の杜「明治神宮」

明治神宮は原宿駅から徒歩1分の距離に鎮座しています。抜群の立地にあることでアクセスしやすく、多くの参拝者や観光客でにぎわうスポットです。毎年の初詣は約318万人、全国でも常にトップの参拝客を誇る神社となっています。
明治神宮は、大正9年(1920年)に明治天皇と昭憲皇太后の御神霊をお祀りしたい、という国民の声により創建されました。創建にあたり、全国から約11万人もの国民が自発的に労働奉仕し、創建当日は50万人以上もの参拝者が訪れたと言われています。
今年11月1日に鎮座100年祭を迎えます。
明治神宮内苑の森の一部であった明治神宮御苑は、美しい庭園であり、江戸時代には加藤家や井伊家の下屋敷庭園でした。明治初年に皇室のご料地となり、明治天皇や昭憲皇太后も何度も行啓されました。中でも菖蒲田は、明治天皇が昭憲皇太后のために、お好きだった花菖蒲を植えさせたものです。そうしたことから、明治天皇と昭憲皇太后がこの地を好んだことで明治神宮創建ゆかりの場所として選ばれました。

「原宿」の由来と明治神宮の人工の杜

原宿はすでに江戸時代に存在していた古い地名です。江戸時代、この付近は千駄ヶ原と称して、鎌倉街道の宿駅がありました。宿駅とは、鎌倉時代以降に成立した主要街道の拠点や宿泊所のことです。その宿駅から取って原宿と呼ばれるようになったと言われています。
原宿は何かと騒々しい江戸に隣接していながら、緑豊かで閑静な場所でした。ここはご料地になる前は近江彦根藩・井伊家の屋敷があり、明治維新後に政府に献上されました。
また原宿は武家屋敷があったにせよ、明治神宮の現在のような森林はありませんでした。明治神宮の樹木は、全国から奉献され計画的に植えられたもので、5年の歳月をかけて1本1本手で植林されたものです。その当時の学者が数百年先まで綿密に計算し、永遠の森を目指して設計されました。
明治神宮が都心の真ん中にありながら、緑豊かな森林が広がっているのは、そのような歴史があるからです。そして今ではファッションや文化の中心地である原宿とうまく融合しながら、憩いの場所として親しまれています。

Kawaii文化や若者ファッションの聖地

竹下通りを有名にした背景

JR東日本の山手線原宿駅には竹下口があります。出口から明治通りまでの350メートル程の通りを竹下通りと呼んでいます。
1946年、渋谷区代々木にあった「ワシントンハイツ」は1940年代のアメリカそのままが再現された、米軍将校とその家族の住宅地でした。東京のど真ん中に、アメリカ的ライフスタイルを実現した住宅地があったことはにわかには信じがたいことです。
1964年には代々木体育館などが会場となり、東京オリンピックが開催されました。開催2年前に「ワシントンハイツ」は返還され、オリンピック選手村として再利用されることになりました。この「ワシントンハイツ」の存在こそ、外国文化の象徴そのものであり、そこから発せられる外国文化に洗礼を受けた若者たちにより「原宿族」や「竹の子族」と呼ばれるファッションムーブメントが起こりました。

ファッションの聖地・流行発信地に

1966年に原宿で初めての本格的ブティックが開店し、その後モダンな喫茶店や雑貨店などが相次いで立ち並ぶようになりました。1970年代にはファッションビルが開業し、ファッション雑誌「アンアン」や「non-no」によって紹介されると、それら雑誌を片手に街を闊歩するアンノン族と呼ばれる若者が出現し、ファッションの中心地として全国的に知られるようになりました。 1980年代になると、原宿の歩行者天国には「竹の子族」と呼ばれる若者が集まり、ダンスを踊るようになりました。竹の子族の名前の由来は竹下通り沿いのブティック竹の子の服を着て踊ったことだと言われています。1977年から始まった歩行者天国により、ロックンローラー族やホコ天バンドブームにより、最盛期には1日10万人が集まることもありました。 常にファッションや文化の中心にあった原宿が、2000年代になると「Kawaii文化の誕生地」として、原宿の「カワイイ」を世界に発信するようになりました。日本の「カワイイ」文化のおもしろさ、独自性、世界から見た唯一無二な独創性など、原宿は海外にもその魅力を伝え続けています。 最近ではこの原宿から生まれた「Kawaii文化」に海外セレブも注目の的になっています。

最新海外トレンドが味わえる アンテナスポットとして展開

常に流行の最先端として君臨

1990年代以降になると、表参道には海外有名ファッションブランドのショップが次々にオープンしました。一方で神宮前3丁目や4丁目付近には、新しいファッショントレンドの店が立ち並び、これらの店は「裏原宿」(ウラハラ)と呼ばれ、洗練されたカルチャーの中心地になりました。
2006年には表参道ヒルズがオープンし、商業施設、住宅施設などの複合施設としてスタートしました。この表参道ヒルズは以前存在した同潤会青山アパートの再開発プロジェクトの一環として設計されました。同潤会アパートは空襲でも焼け残り、1960年代にはブティックやギャラリーとして使用されています。
旧渋谷川遊歩道路はキャットストリートという愛称で知られ、1964年に、渋谷川に覆いをした上に作られています。表通りにあるブティックや飲食店と比較すると小規模店が集積しており、「裏原宿」の中心となる通りのひとつです。個性的なショップが多く、洗練されたファッションを発信し続けています。
また原宿は最近ではファッションだけでなく、ポップコーンやパンケーキといった、海外食品ブームの火付け役としても存在価値が高まっています。そしてAWESOME STORE (オーサムストア)やASOKO、FLYING TIGER COPENHAGEN (フライングタイガーコペンハーゲン)など、低価格でもかわいくておしゃれな雑貨店が続々と誕生しています。
ファッションに端を発した原宿ですが、今ではインテリア・雑貨・フードなど、あらゆるカルチャーの中でも常に流行の最先端スポットとして君臨し続けています。これからも国内外の最新ブランドを紹介するエリアとして、ますますの賑いが期待できるでしょう。

まとめ

現在の原宿は、時代の最先端を行くトレンドショップに囲まれ、常に新たなカルチャーを発信し続けています。しかしその成り立ちは古の歴史と最先端の文化が交差する場所でもあります。そのような経緯があるからこそ、今日の原宿が醸成されたと言っても過言ではありません。
またその役割は、文化と想像力を世界に発信する「未来を紡ぐたまり場」として、これからも世界を巻き込んだトレンドを発表し続けるでしょう。今後も独自のカルチャーが創造され発信されるエリアとして、多くの可能性が期待されます。

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